交流ビジネスの最新情報

Region Report

熊本県  
ジェットスター・ジャパン
LCCで熊本を満喫!(後半)
熊本県  
ジェットスター・ジャパン
LCCで熊本を満喫!(前半)
三重県  
高校生が商品開発
「まごころシリーズ」
日焼け止め店頭販売
あきる野市  
都内で小旅行気分を満喫!
秋川渓谷ワイルドツアー 
フォトレポート(後編)
あきる野市  
都内で小旅行気分を満喫!
秋川渓谷ワイルドツアー 
フォトレポート(前編)
日本アセアンセンター
第一回ムスリム受け入れセミナー
開催
ジェットスター・ジャパン
国内線・機内内覧フォトリポート
三重県 
「高校生レストラン」の相可高校
「まごころシリーズ」日焼け止め新発売
品川・大田地域
品川宿まちあるきの
モニターツアーを実施
三重県
「高校生レストラン」のモデル
相可高校開発のリップクリーム発売
青森県
「住みます」芸人が
十和田奥入瀬観光大使に就任
和歌山県
期間限定『プレミア和歌山カフェ」が
オープン
JTB
墨田区の着地型ツアー発売
東京シティ競馬
中国語対応の
「チャイナデスク」も設置
WIPジャパン
8つの国・地域で
外国人の訪日意識調査

品川・大田地域観光まちづくり推進協議会

「品川宿まちあるき」のモニターツアーを実施

2012.04.03

 品川・大田地域観光まちづくり推進協議会は2012(平成24)年2月18日、「品川宿あるきと宴会芸体験」と銘打ってモニターツアーを実施した。江戸時代には、日本橋から京都へ続く東海道が品川区と大田区を通っていたため、最初の宿場だった北品川エリアには、当時から続く老舗や記念碑などが残り、街道筋の賑わいを偲ぶことができる。モニターツアーでは、その品川宿のまち歩きを楽しんでもらうと同時に、南大井を本拠に活躍する芸者衆と国内でも数少ない幇間(ほうかん)芸人による宴会芸を体験してもらい、今後の地域密着型観光商品の開発に役立てることを目指した。

●地域主体で観光まちづくり

集合場所の京急北品川駅。外国人のグループも見受けられた

 東海道新幹線の全列車品川駅停車や羽田空港の再拡張・国際化などにより、国内外から東京を訪れる旅行者がゲートウェイ機能の強化された品川・大田地域に立ち寄るケースも増えてきている。これまで「観光地」としてアピールすることは少なかった同地域でも、こうした状況の変化を見据えて、「しながわ観光協会」が1997(平成9)年に設立されたのに続き、2003(平成15)年には「大田観光協会」も発足。ホームページによる情報提供や散策マップの作成、まち歩きツアーなどのイベントも実施されるようになってきていた。2009(平成21)年3月には、品川区と大田区が一体となって地域の魅力向上を図り、旅行者に対する観光情報の提供や受入体制の整備を行うため、「品川・大田地域観光まちづくり推進協議会」がスタート。同協議会は、地域主体による連携した観光まちづくりの取り組みを推進し、地域の活性化を目指しており、今回のモニターツアーも、その一環として行われたものだ。

●ゴジラが上陸した八ツ山橋

八ツ山橋

 まち歩き日和とも言える快晴に恵まれた2月18日に実施された「品川宿あるきと宴会芸体験」モニターツアーは、一般の人たちだけでなく、在住外国人や両区のボランティアガイド、旅行業界関係者なども加わり、募集人員の50人を大きく上回る70人以上が参加した。
  北品川駅に集合し、いくつかのグループに分かれて出発した一行は、まず、国道15号(第一京浜)を北上して2分ほど歩いたところにある八ツ山橋へ向かう。この橋は1872(明治5)年に鉄道が敷設された時に架けられたもの。1954(昭和29)年に製作された映画「ゴジラ」で、海から上陸したゴジラが最初に辿り着いた場所がこの橋だったという解説に、思わず感慨に浸る年配のおじさんも少なくない。京急の踏切をわたって旧東海道に入ると、電柱が地中化された北品川の商店街が続く。江戸時代に東海道で最初の宿場として栄えた品川宿は、関東大震災や太平洋戦争もくぐり抜け、21世紀の現在も往時の雰囲気を伝えてくれる。

(左)旧東海道 北品川商店街 (右)しながわ観光協会 観光案内所

  商店街の中にある「しながわ観光協会 観光案内所」では、まち歩き用のパンフレットがラックに陳列され、無料で入手可能だ。「しながわまち歩きマップシリーズ」のパンフレットは10種類が用意されており、品川区内の見どころをイラスト入りのマップで紹介している。

しながわまち歩きマップシリーズ

●往時の賑わい偲ぶ職人の店

北品川橋

 旧東海道から八ツ山通りに出て、北品川橋の前を通り抜け、道路沿いの公園に辿り着くと、クジラの頭部を模ったモニュメントが視界に入ってきた。これは「鯨塚」と呼ばれるもので、11代将軍・徳川家斉の時代に、品川沖に迷い込んだクジラを漁師が捕まえたところ、弱って死んでしまったため、その弔いとして作られたという。一行は、前日からの暴風雨で迷い込んだという江戸時代のクジラに思いを馳せながら、ガイドさんの説明に神妙な面持ちで聞き入っていた。

鯨塚
(左)東海道品川宿の標柱(右)街灯の柱には江戸風のデザイン

震災や戦災をくぐり抜けた、履き物屋「丸屋」(左)と「菅沼書店」(右)


虚空蔵尊(養願寺)

 商店街から虚空蔵こくぞう横丁という細い路地を抜けると、虚空蔵尊(養願寺)というお寺にたどり着く。なんでも、子供がお参りすると頭がよくなるそうだ。その路地裏に見えるレンガ塀は、時を経るにつれて増築されており、造られた時代によってレンガの積み方が違うため、まるで地層のようだ。熟練のレンガ職人は、この積み方を見れば、いつの時代に作られたものなのか、すぐにわかるという。レンガ塀の小道の先にある「北馬場参道通り」は、その名の通り、品川神社へと続く参道で、琴・三味線・畳といった職人の店が軒を連ねていて、品川宿の往時の賑わいを偲ばせる。

路地裏のレンガ塀 北馬場参道通り 琴・三味線「亀屋」。ショーウインドウの三味線は35,000円。高いのか安いのか・・・・・・

北馬場参道通り 畳「湊屋」。江戸時代から続いている畳屋。看板には「創業宝暦11年」とある

●板垣退助も眠る品川神社

  北馬場参道通りを国道15号の方向へ進むと、「品川神社」が見えた。入り口の鳥居には、立派な昇り龍と下り龍が彫られており、その先の階段は急勾配でいい運動になりそうだ。階段を途中までのぼると、崖といいたくなるような、さらに急勾配の小高い場所があった。
「品川富士」と呼ばれる“山”も、ハアハア言いながら頂上まで登りきると、本当に富士山へ登ったつもりになってしまう。

(左)品川神社(右)入り口 昇り龍、下り龍 急な階段(53段)

品川富士。 富士山と同様に二合目、三合目・・と標識がある。登山も大変だが、下山も侮れない


   下山後、境内には茶色い狛犬が待ち構えていた。その狛犬を覆っている金網を見た参加者の「何でこれがついてるの?」という質問に、ガイドさんが「ワレモノですよ。備前焼です」と説明してくれ、一同「へぇぇ〜〜〜っ!」。狛犬の足下を見ると「文政13年」の文字が彫ってあった。西暦でいうと1830年だから、もう180年前に作られたものだ。  境内から「一粒萬倍」という御利益がある「阿那稲荷社」をお参りし、「板垣退助の墓」へ。幕末から明治という激動の時代を生き抜いた板垣は、この品川神社の敷地内で静かに眠っている。   お宮参り、お墓参りを済ませ、「女坂」といわれる坂道を下り、北品川駅を11時にスタートしたまち歩きは1時間半ほどで終了した。

珍しい備前焼の狛犬。ワレモノのため、覆いをかぶせ、保護している

一粒萬倍 阿那稲荷社

板垣退助の墓。「板垣死すとも自由は死せず」の石碑は佐藤栄作の筆によるもの

女坂。体力に自信のない人は入り口の階段ではなく、こちらを通行するほうがカラダへの負担が少ない

花柳界復活を目指す芸者衆

まつ乃家 栄太朗さん

 モニターツアーでは、地元鮨店の宴会場で昼食をとった後、芸者衆と幇間芸人の宴会芸を楽しんだ。かつて品川には、大井や大森海岸、大森新地など花街の風景が広がり、最盛期には400人近い芸者衆がいたという。その花街はすでに消えてしまったが、大井に残る数少ない置屋のひとつ「まつ乃家」で女形の女将として活躍しているのが栄太朗さんだ。

 栄太朗さんは「大井の花柳界復活」に向けて、20代前半という若さで先代の跡を継ぎ、女形の女将となることを決意。東京に残る花街でのお座敷だけでなく、海外のホテルや東京周辺でのイベントなどでも活躍。テレビ番組にも出演するなど、孤軍奮闘で頑張っている。

悠玄亭玉八師匠

 

 今回は、その栄太朗さんと「まつ乃家」の芸者衆が登場して踊りや唄を披露したほか、ツアー参加者らからの質問にも応じるなど、花柳界のアピールに努めた。 芸者衆に続いては、数少ない幇間芸の継承者として活躍している悠玄亭玉八師匠も登場。世相漫談や政治家の声帯模写、都々逸や屏風芸など貴重な演目を披露している。 最後は、芸者衆と玉八師匠が一緒に代表的な手踊りである「かっぽれ」を演じ、宴会芸のサワリを十二分に堪能できた。








洗練された芸者衆の踊りや唄。「生涯勉強です」と栄太朗さんは語っていた




芸者衆と玉八師匠による、手踊り「かっぽれ」

 ツアー参加者らは、アンケートを通じて今回のモニターツアーに対する感想や意見などをフィードバックすると同時に、改良点などについても提案を行っている。
 品川・大田地域観光まちづくり推進協議会は、3月24日にも京浜急行などとの共催で「大田・品川 京急沿線/銭湯&商店街グルメウォーク2012」を実施。今後もさまざまなコンテンツを提供し、地域の魅力を積極的にPRしていく方針だ。